『アプリコットの不満』
メムはどうやら、うとうとしているようだ。
アプリコットは、しゅんしゅんとお湯の沸く音を耳にすると、メムの元へ近づいた。
「メム、起きて。お湯が沸ききっちゃうよ!
紅茶は沸騰させたらダメなんでしょ!?」
「……んー……?」
ゆるゆると目を開けると、キッチンを見て――慌てて走っていった。
「ったく。メムののんびりさ加減は、度を超えているよ。
TAURUSもよく付き合っていられるね」
ギルドから帰ってきたTAURUSと並んで、パーラシアを歩きながら、アプリコットは呆れたように言った。
「まあ、それを承知で一緒に住んでるわけだしなぁ」
「でもでも! 今日だってぼけーっとしてて!
アグニトスにもうちょっとで大怪我させられるところだったんだよ!?」
普段だったら、いくらメムでもアプリコットとの連携でさくっと倒しているのに。
最近のメムは集中力がなさすぎる。
そう訴えると、「そうだなー……」とTAURUSも腕組みをしてしまう。
ハンターとお供のブブリ・アルト、相方のブブリの三人(?)で人通りのある場所で立ち止まって考えこむ姿は、なんというか。
端から見ていると、可愛いだけであった。
「メムにどうしたのか、聴いてみたんだ」
「ふむ、それでなんだって?」
「それがさぁ……」
アプリコットは天を仰いで、アルトに言う。
「『……内緒♪』だってさ!」
自分がこんなに心配しているのに! と憤慨するアプリコットに、アルトは「そんなに気になるかい?」と聞いた。
「そりゃあね、パートナーでもあるわけだし。
ぼーっとしてて僕にばっかり敵が向かってきて、撤退することになったら、困るのはメムだろ?」
なるほど、とアルトは頷く。
ドア越しにメムの気配。なにかをしているようだ。アプリコットも気づいたようで、声のトーンを落とす。
「……楽しそうだね」
「そうだな」
「――なんだよ! こっちはメムのことで悩んでるってのに!
もう知るもんか!!」
そう言うと、アプリコットはメムの布団から自分の寝具を出して、「しばらくそっちに厄介になるからな!」と部屋を出て行った。
ただ、そういう行動を起こしたところで、メムが気づくかというと……おそらく無理であった。
なんというか、メムはぼーっとしている間、自分の世界に入っているような。言えば老人のような、子どものような。
そんな人間であることを、アルトは知っている。
アプリコットが幼い癇癪を見せたところで、到底気づくとは思えないのだ。
せいぜい、「なんか怒ってるな、なにかあったかな」くらいだろう。
はふ、と溜息を吐くと、アルトもメムの部屋を出た。
「ねえ、TAURUS。
君はメムの件でなにか知っていることはないのかい?」
「残念ながら」
「そうか……」
あれだけ癇癪を起こして距離を置いたのに、全くいつもと変わらないメムに、アプリコットが悩みだしたのは、すぐだった。
「……メムにとって、僕はなんなんだろう……」
ちょっと目がうるうるしている。
最近、かまってもらえてないから、というのもあるが、「もしかして」が心をよぎっているのだろう。
――もしかして、メムは僕が嫌い、なのかな――
それを笑って否定したのは、他でもない近くに来ていたメムだった。
「め、メム!!
なんだよ……ここ数日一緒に狩りにも行かなかったくせに!!」
僕が嫌いだから。
僕といっしょにいたくないから。
だから。
「……先に距離を置いたの、アプリコットじゃない」
「うぐっ……」
泣きそうな顔で、アプリコットがメムを見上げる。
相変わらず、のほほんとした表情に見えるが……よく見ると困ったように笑っていた。
「驚かそうと思って、誰にも言ってなかったのが、悪かったね」
「え?」
ぽすっ。
アプリコットの頭に、柔らかな感触のものが被せられた。
「え、これ……!
今ブブリの間で流行っている、ふわふわ帽子!!」
「探すの、大変だったんだよー?
アプリコットにはいつもがんばってもらってるから、なにかプレゼントしたくて、他のブブリたちにも聞いて協力してもらったの」
さっき届いたから、すぐに持っていかなきゃ、って思って。
そう言って微笑むメムに、アプリコットはわんわんと大声で泣いて、抱きついた。
「一件落着、かな?」
「そうだね」
いつにも増してうとうとしていたのは、疲れていたのだろう。
TAURUSとアルトも、ほっとしたように笑顔をかわした。
END